2012年5月23日水曜日

ベータ遮断薬がピストル射撃でドーピングの理由とは?

beta-Blockade used in precision sports: effect on pistol shooting performance.
J Appl Physiol. 1986 Aug;61(2):417-20.
Kruse P, Ladefoged J, Nielsen U, Paulev PE, Sørensen JP.
PMID: 2875053 

題名:正確性が必要なスポーツにおけるbeta遮断:ピストル射撃

25m スタンダードピストルにおける33人の射手による二重盲検クロスオーバー試験で、beta1受容体遮断薬であるメトプロロールとプラセボを比較した。メトプロロールは、プラセボと比較して明らかにピストル射撃の成績を改善した。射撃成績は、(例えば600ポイントから実際に得た点数を引いたもので換算すると)平均13.4%(S.E. 4%, 2P<0.002)改善した。もっとも技術の高い競技者が、最も明瞭にメトプロロールによる成績改善効果が出現した。射撃成績の改善と心血管変数(心拍や収縮期血圧)の変化には、相関が見られなかった。また、射撃成績の改善は最大酸素摂取量とも相関が見られなかった。射撃成績の改善は、メトプロロールの手の振戦に対する抑制作用によるものである。感情によって心拍や収縮期血圧が上昇するのは、beta1受容体を介した現象のように思われる。




(感想)

まずは、薬の簡単な説明をします。

メトプロロールは商品名セロケンで、beta1受容体選択的・脂溶性・ISA(-)のbeta1遮断薬です。肝臓から消失します。メインテートも似たような性質です。薬理学的な性質は同じで、水溶性のために腎臓から消失するものとしてはテノーミンがあります。

1986年と古めの論文ですが、いろいろと調べていて非常に興味深い結果です。beta受容体が関係するような生理現象は有名ドコロでは、beta1を介した心臓への陽性作用とbeta2を介した呼吸器における気管支の拡張作用があります。代謝系ではbeta2を介した肝臓でのグリコーゲン分解促進作用なども有名です。beta3を介した脂肪制御もあります。

今回の研究結果から、beta受容体の遮断によって得られたパフォーマンス向上は、その二つの影響ではないということで、手の振戦の影響だろうと判断しています。

糖尿病患者における低血糖発作でも手の振戦が起こります。しかし基礎疾患に心不全などをもっていてbeta遮断薬を投与されている患者では、その手の振戦が起こりづらく、低血糖発作を見つけるのに時間がかかるため、注意しなければならないとされています。さらに、beta遮断薬により肝臓でのグリコーゲン分解が抑制されるため、低血糖からの復帰が遅くなるというのも理由の一つです。このような背景を知っていると、手の振戦にはbeta受容体シグナルが関与していることがよりはっきり分かるかと思います。

技術的に高い競技者ほど薬による恩恵をうけやすいという話は、感覚的には理解できますが、データでみると「おぉぉ!」という感じです。トップ選手はやはり常に限界近いところで競技しているので、競技結果にブレが少ないためでしょう。13%も改善するというのは、すごいことです。筆者らも"obviously"と強調しています。

beta遮断薬は、WADA規定では特定の競技でのみ禁止される薬物です。上記の作用がドーピング作用のひとつですので、手の振戦が関係してくるような繊細な競技では禁止されていると考えられます。

そういえば、PIPC(http://pipc-jp.com/)のI先生は、不安症の患者でなんらかのプレゼンテーションなどがあって、患者の緊張が高まりしんどい状況が想定されるときには、プロプラノロールとベンゾジアゼピンを頓服で、プレゼンテーション前投与で処方するというお話を伺いました。これにより、精神的にも落ち着くし、手の振戦もとれるし、心臓のドキドキも抑制できるというわけです。

WADA規定でbeta遮断薬をドーピングとしている競技を見ると、なるほど緊張してドキドキしていればパフォーマンスが落ちそうな、集中力勝負の競技が多いです。なかなか奥が深そうですね。

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